“長久手の戦い”
史跡めぐりマップ
Historic sites in Nagakute City
“長久手の戦い”史跡めぐりマップを片手に、市内に点在する史跡をめぐってみませんか。
実際に史跡に足を運び、合戦当時に活躍した武将たちや、名も無き長久手の人々に思いをはせる散策をお楽しみください。
How about visiting the historic sites scattered in Nagakute City with the historic site map?
Actually visit the historic sites and enjoy a walk while thinking back on the stories of military commanders active in the battles and ordinary people in Nagakute.
市内の史跡地
1 勝入塚
秀吉方の池田恒興(勝入)戦死地とされる地に築かれた塚。「明治の碑」は恒興の子孫が、石柱は江戸時代に尾張藩士人見彌右衛門と赤林孫七郎が古戦場を訪れた際に建立した。
2 庄九郎塚
池田恒興の長男元助(通称庄九郎)が戦死したという地。
3 武蔵塚
その武勇から江戸時代初期には鬼武蔵と呼ばれた、秀吉方の森武蔵守長可が落命したという地。1582年の本能寺の変で織田信長とともに戦死した森乱丸(蘭丸)の次兄。
4 御旗山
色金山に進軍した徳川家康は、秀吉方の様子を窺いながら御旗山に進軍し、その頂上に金扇の馬標(本陣に立てる旗)を立てた。
6 首塚
安昌寺の雲山和尚と村人たちが、長久手の戦いの戦死者を敵味方の別なく埋葬し、塚を築いて供養した。
7 長久手城趾
徳川方の岩崎城主丹羽氏に味方した加藤忠景の居城跡。忠景が岩崎城で秀吉方と戦い戦死した後、城主不在となり使用されなくなった。
8 木下勘解由塚
秀吉方の木下勘解由は、総大将三好秀次(秀吉の甥)を馬に乗せて逃がした後、兄助左衛門とともにこの地で戦死した。
9 堀久太郎秀政本陣地跡
秀吉方の堀秀政は桧ヶ根に陣を張り、徳川勢を打ち破った。本陣地跡の石碑は、現在桧ヶ根公園内にある。
10 安昌寺
合戦の折り、戦場に残された戦死者の首を集め供養した首塚を築いたという雲山和尚の寺。
11 鎧掛けの松
合戦後、勝利した家康方の武将達が松に鎧をかけたと言われている。
12 血の池公園
合戦後、家康方の将兵が血の付いた槍や刀を洗った池があったと言われているが、現在は残っていない。
史跡案内
史跡案内は一般社団法人 長久手市郷土史研究会の協力を得て実施しています(参加料:1団体あたり1,000円 ※現地にて現金にてお支払い)。長久手の歴史を熟知したガイドの解説とともに、かつて激しい戦いが繰り広げられた主戦場跡地をめぐるひとときをお楽しみください。
案内コース紹介
仏ヶ根コース
色金山コース
御旗山コース
史跡案内申込み方法
史跡案内を希望される方は、案内希望日の2週間前までに以下「お問い合わせフォーム」よりお申込みください。それ以降はお問い合わせください。
注意事項
(長久手市郷土史研究会による史跡案内をご希望の皆さまへ)
- 参加料は1団体あたり1,000円となります。 ※現地にて現金払い
- 申込みの日程によっては、ご希望に添えない場合があります。ご了承ください。
- 所要時間は2~2.5時間程度です。なお、昼休憩(正午~午後1時)を含む史跡案内はお申込できません。
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駐車場台数に限りがございます。詳細は下記リンク内のアクセス欄をご覧ください。
駐車場についてはこちら - 史跡案内中の安全管理には十分配慮しておりますが、万が一事故・怪我等が発生した場合、責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
- 安全上の理由により、1回あたりの定員は20名程度を目安としています。それ以上の人数でのお申込みを希望の方は、その旨を「お問い合わせフォーム」よりご連絡ください。
- 近年の気候変動に伴い、以下のとおり対応させていただきます。ご理解、ご協力いただきますようお願いいたします。
- 史跡案内の前日に発表される名古屋の暑さ指数(WBGT)の予測値が31以上の場合は、延期または中止させていただきます。
- 延期または中止の場合、前日の午後に、長久手市郷土史研究会から連絡します。
- 名古屋の暑さ指数(WBGT)が31未満でも、暑さが予想されるときは、案内ルートを変更、延期、中止させていただく場合があります。